東洋の化粧品王と言われた男 中山太一

1881(明治14)年 山口県豊浦郡滝部村に生まれる。
1903(明治36)年 21歳のとき、神戸市花隈町において西洋雑貨と化粧品の卸商「中山太陽堂」を創業。
3年後、第一号製品となる「クラブ洗粉」を世に送り出し化粧品業界における明治の四大覇者にも数えられる大ヒット商品となる。
品質へのこだわりを信念とし、先駆的な宣伝活動を通じてクラブの名を世に知らしめた実業家。共存共栄の考えのもと、業界の発展と日本の化粧の近代化に大きく貢献し東洋の化粧品王と呼ばれた。中山太陽堂は、現在、太一の孫にあたる中山ユカリが受け継ぎ、「クラブコスメチックス」として約120年の歴史を刻み続けている。

PICK UP

英国式 クラブ美身クリーム(明治末~大正初期)
薬学士・化粧品技師 P・L・スミス(明治末)

英国式 クラブ美身クリーム

クラブ洗粉発売から5年後の1911(明治44)年、英国式 クラブ美身クリームを発売する。
西洋の最先端の技術を取り入れたこのクリームは、中山太陽堂の大黒柱商品として成長する...

NOVEL

産経新聞社

明治中期、山口県瀧部から一人の青年が商いの修行を経て単身神戸へ。西洋技術により日本が急速に近代化を遂げる時代、天然成分を原料とした近代的な化粧品の開発に成功を成し、「東洋の化粧品王」と言われた中山太一(クラブコスメチックス創業者)の、史実をモデルにした物語。
近代女性美の源流となった化粧品創成期の明治・大正・昭和初期/戦後の化粧品と、広告のマリアージュにより急速な進化を遂げた近代女性美の様を、時代の寵児と女性たちの人間模様や恋愛により描いたフィクション連載小説。

公式SNS:

小説家 高殿 円 氏

神戸市出身。エキナカ書店大賞受賞をはじめ女性読者の支持が厚い作品の中で 「トッカン特別国税徴収官」 「上流階級富久丸百貨店外商部」はテレビドラマ化され、2019年産経新聞連載/文藝春秋刊「グランドシャトー」 では、大阪を舞台にした女性視点の一時代を描いた作品として好評を得た。

【受賞】

  • 2000年『マグダミリア三つの星』で第4回角川学園小説大賞奨励賞を受賞しデビュー
  • 2013年『カミングアウト』で、第1回エキナカ書店大賞を受賞

【代表的著書】

  • 「トッカン」シリーズ/早川書房
  • 「上流階級 富久丸百貨店外商部」シリーズ/小学館
  • 「剣と紅 戦国の女領主・井伊直虎」/文藝春秋
  • 「グランドシャトー」/文藝春秋 ※産経新聞全国版で連載小説~書籍化

【ドラマ化】

  • ◇トッカン特別国税徴収官 日本テレビ/2012年7月~ 主演 井上真央
  • ◇上流階級富久丸百貨店外商部 フジテレビ/2015年1月 主演 竹内結子

【映画】

  • ◇Messiah メサイアシリーズ  2011年10月~2015年11月 3作公開

【漫画原作】

  • ◇魔界王子 devils and realist (雪広うたこ・画)

【代表的著書】

「グランドシャトー」/文藝春秋 2019年11月刊
産経新聞全国版 連載小説2018年~2019年
「上流階級 富久丸百貨店外商部」シリーズ/小学館
「剣と紅 戦国の女領主・井伊直虎」/文藝春秋
「トッカン」シリーズ/早川書房

【産経新聞掲載情報】
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令和3年3月18日付
産経新聞(朝刊)1面

令和3年3月18日付
産経新聞(朝刊)第3社会面

令和3年10月17日付
産経新聞(朝刊)文化面


ABOUT

1881(明治14)年、本州最西端に位置する山口県 豊浦郡滝部村に12人兄弟の長男とした生まれた中山太一。
中山家は、農業の傍ら呉服や荒物、仏書・仏具の商いをしており、村でも名が通る裕福な家庭であった。
しかし、村で起きた2度の火災で家が焼け、兄弟が多かったことも重なり小学校3年になる頃には、その暮らしぶりは明らかに苦しくなっていた。太一は上の学校への進学を断念し、長男として両親や兄弟のために、家業や近所の仕事を手伝う日々を過ごしていた。

14歳のとき、自身で学問を続けていた太一に心痛めた父小三郎は、長州の学者 桂彌一(かつらやいち)のもとで実学を学ばせることを決意。毎朝3時に起床し牛の世話や乳しぼり、遠く下関への配達をしながら多様な学問や生活全般に関する教えを学んでいった。
のちに雑誌※1で“私の生涯で桂翁の薫陶を受けた※2経験が自分の運路を誤らせなかった偉大な力となっていると述べている。

その後、福岡の門司に出向き洋食店、雑貨商・石炭商などを経験したのち、大分の薬種問屋「志賀商店」に就職。
調剤見習いとして薬剤の知識を学ぶ傍ら、店主 志賀恒太郎より商店経営のコツや処世術など、人生の指針となる様々な学びを得たのである。

店主よりその働きぶりが見込まれた太一は、神戸支店の支配人に抜擢された。
お店では薬の他に、大分や灘の地酒を扱っており、酒利きをすることも大事な仕事であった。神戸は貿易の中心地として栄えており、店先には舶来品が並ぶ刺激と魅力あふれる街だった。こうした中、心に抱いていた「独立して実業家になる」という夢が日増しに膨らみ、志賀商店をわずか半年で退職することになる。
そして、夢の実現に向けて再出発しようとした時、出資者があらわれ1901(明治34)年、神戸市花隈町で雑貨・化粧品の行商を始めることに。これが、中山太陽堂の創業へとつながっていく。

太一の独立にあたり店主より贈られたはなむけの書には、「百事迅速を旨とすべし」「進んで取るの勇気をやしなうべし」など、十六に渡る言葉が連ねられていた。
太一はこれを座右の銘にし、のちに中山太陽堂の店訓(のちに社訓)とした。

※1 『私の経営哲学』 ※2 人格者から影響を受け感化されること

左より 桂彌一 父小三郎 太一
<松崎町太一自宅にて>(昭和初期)
中山太陽堂店訓
(昭和初期)

1800s

1881年(明治14) 0歳

山口県豊浦郡滝部村に父小三郎・母イ子の長男として生まれる

1892年 (明治25) 10歳

開誘小学校(現・滝部小学校)温習科を終了

1896年 (明治29) 14歳

郷土の先達として知られる長府の桂彌一翁の膝下にて薫陶を受ける

1897年~ (明治30~) 15~19歳

故郷から門司へ。その後、大分に移り薬や酒を扱う薬種問屋「志賀商店」に就職し、神戸支配人に抜擢されるが半年で退職

1900s

1901年 (明治34) 20歳

神戸市花隈町にて洋品雑貨・化粧品の行商を始める

1903年 (明治36) 21歳

西洋雑貨・化粧品の卸売商「中山太陽堂(現:クラブコスメチックス)」創業

1904年 (明治37) 22歳

「パンゼ水白粉」の日本全国一手販売を契約し販売開始

1906年 (明治39) 24歳

帝国化粧品倶楽部をおこし、第1号製品「クラブ洗粉」発売

クラブ・CLUB・双美人を商標登録

1910s

1910年 (明治43) 28歳

中古のフォード自動車を購入し宣伝カーとしても活用する

無鉛の「クラブ白粉」発売

イギリスより薬学士・化粧品技師「P.L.スミス」招聘

1911年 (明治44) 29歳

「英国式 クラブ美身クリーム」発売

飛行大会にいち早く目をつけ宣伝を始める

上海 漢口にて佳人牌(双美人牌)化粧品を発売開始し中国市場へ進出

1916年 (大正05) 33歳

化粧順序を路線図に見立てた鉄道式図解広告で近代的化粧法を提案

1918年 (大正07) 36歳

大阪市南区水崎町(現:浪速区恵比寿西)に東洋一と呼ばれる工場・本店竣工

1920s

1920年 (大正09) 38歳

ルブランの母と子をデザイン起用した「カテイ石鹸」発売

大阪化粧品同業組合が設立し、初代組合長に就任

1922年 (大正11) 39歳

平和記念東京博覧会でカフェーや美粧院を併設した特設館設置

プラトン社(出版社)より文芸雑誌『女性』創刊

1922年 (大正11) 40歳

「六甲太陽閣(中山太一別邸)」竣工 大阪市の迎賓館としても提供する

1924年 (大正13) 42歳

創業20周年記念事業として大阪の堂島ビルヂングに「中山文化研究所」開設

中山家三兄弟(太一・豊三・喜助)滝部小学校の本館と東側校舎の新築費用を寄付

仏国政府よりシュヴァリエ・ドランナン勲章受章

1929年 (昭和04) 47歳

中山壽一(後の創業家2代目社長)誕生

1930s

1935年 (昭和10) 53歳

大阪府知事より能率功労者として金杯を受ける

「薬用 クラブ美身クリーム(現ホルモンクリームの前身)」発売

1939年 (昭和14) 57歳

貴族院議員、大阪化粧品工業組合理事長に就任

「株式会社中山太陽堂」創立 初代社長に就任(資本金5,000千円)

1940s

1942年 (昭和17) 60歳

日本能率協会 理事に就任

1948年 (昭和23) 66歳

日本初のヘヤークリーム「クラブ ヘヤーフィクサー」発売

1950s

1952年 (昭和27) 70歳

全国代理店 中山太一記念会より「中山太一像(胸像)」贈呈式挙行

近畿化粧品工業会 名誉会長に就任

1953年 (昭和28) 71歳

世界初シリコン配合ファンデーション「クラブ ビフナ」発売

1954年 (昭和29) 72歳

臨時株主総会にて相談役に退く

1956年 (昭和31) 74歳

死去(享年75歳)全国化粧品業界による初の業界葬と社葬との合同葬 が執り行われる

中山太一が紹介されている書籍

『広告20世紀』
広告批評アーカイブ

発行所:グラフィック社
編集者:天野祐吉 島森路子
発行日:2014年9月25日

掲載頁
162頁 中山太一 美を万人に解放する 他

『企業家123人』
ニッポン近代開き

発行所:朝日新聞社(*販売終了)
発行日:1994年2月5日

掲載頁
216~217
クラブは倶楽部にあらず
太陽の時代に人一倍の言語感覚

『夢チャレンジ きらり☆山口人物伝 VOL.8』

発行所:公益財団法人 山口県ひとづくり財団
発行日:2015年9月30日

掲載頁
67~83
ふるさとと両親を大切にした“東洋の化粧王”

中山太一が展示されている施設

大阪企業家ミュージアム

運営
大阪商工会議所
ホームページ
https://www.kigyoka.jp/
施設概要
大阪産業界の発展に大きな貢献をした105名の企業家たちを紹介
~第2ブロック 大衆社会の形成 消費社会の幕開け~
中山太一 化粧品産業の近代化とメセナによる社会貢献

下関市立豊北歴史民俗資料館「太翔館」

運営
下関市
ホームページ
http://www.h-rekimin.jp/
施設概要
1924(大正13)年 中山太一ら兄弟が母校「滝部小学校」の本館と東側校舎の新築費用を寄附
1979(昭和54)年 山口県の有形文化財に指定される。
2011(平成23)年 大正期の姿に可能な限り復元され、資料館として中山太一を紹介している