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通天閣天井画 復刻企画

100年の時を超え、現代に甦る明治の美 Restore the ART for Osaka

年間100万人を超える人が訪れる大阪新世界のシンボル「通天閣」が南海地震等に備え、世界初の免震展望タワーとして生まれ変わりました。

クラブコスメチックスの前身である「中山太陽堂」は、初代通天閣のエントランス大天井に、クジャクや季節の花々を配した大変華やかな天井画の広告を掲出していました。

同じ時代、共に地域の発展に向け歩んできた通天閣様とのご縁をきっかけに、この度、当時広告として掲出していた天井画を、100年の時を超えて現代に甦らせました。

通天閣 新・天井画について

初代通天閣天井画は、のちに自画石版の版画家として知られる織田一磨(おだ かずま)氏によって描かれました。
織田氏は、明治44年、中山太陽堂 広告部の嘱託社員となり、翌45年に通天閣天井部の広告を手掛けました。
この度の復刻は、当時の天井画の草稿をもとに、新進の日本画家 沖谷晃司(おきたに こうじ)氏に新たに作成いただき、複製されたものです。

初代通天閣天井画 (織田 一磨氏 草稿)
提供:町田市立国際版画美術館

新・天井画の原画「花園に遊ぶクジャク図」
画:沖谷晃司氏
(原画サイズ:170×170cm)

※この原画を約10倍に拡大してフィルム化し、取付けています。

画題

画題の「花園に遊ぶクジャク図」は、『通天閣30年のあゆみ』に記載されていた当時の通天閣観光株式会社代表取締役社長であった西上 一氏の一文・・・「アーチ型の塔脚の天井いっぱいに描かれた、花園に遊ぶクジャクの姿は、今でも目に焼き付いて離れません。実に美しいものでした」 からつけたものです。

大阪の新たな観光スポットとして
通天閣を優美に彩っています。
多くの方々にご鑑賞いただければ幸いです。

初代天井画を描いた版画家 織田一磨(おだ かずま)氏

「クラブおしろい
クラブはみがき」ちらし
織田 一磨 画
(明治44年)

1882.11.10~1956.03.08
版画家「自画石版の織田 一磨」として知られている。

1911(明治44)年06月 中山太陽堂 大阪広告部の嘱託社員となる。
(大阪帝国新聞社 美術部にも籍を置き兼任)
1911(明治44)年09月 大阪帝国新聞社を辞め、中山太陽堂専従となる。
1912(明治45)年07月 通天閣天井部の装飾をクラブ化粧品の広告として手掛ける。(昭和18年に戦災で焼失)
1914(大正03)年03月 サラリーマン生活を捨て、東京に移って芸術活動に専心する。

復刻版の原画を手がけた沖谷晃司(おきたに こうじ)氏

数々の賞を獲得する新進の日本画家

沖谷晃司氏

1971(昭和46)年 石川県に生まれる
1995(平成07)年 青垣2001年日本画展にて読売新聞社賞受賞
創画展 初入選(以降出品)
1997(平成09)年 京都市立芸術大学 大学院修了
1998(平成10)年 花鳥画展にて大賞受賞(松伯美術館)
2007(平成19)年 新鋭作家選抜シリーズ展
新鋭作家シリーズ展2007(HONMACHI ART GALLERY・大阪市)
2009(平成21)年 芦屋市立谷崎潤一郎記念館にて個展開催
その他、個展・グループ展多数
【報道関係の方へ】

本件の取材に関しましては、広報・販促課が承ります。
記録用に撮影いたしました原画制作過程(完成まで)の動画・画像のご提供も可能です。
下記よりお問い合わせください。

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